バス釣りをしない人から、よく質問されること。
「バスって、食べれないの?」
そして、その次の質問はこうなる。
「食べないのに、釣ってどうするの?」
魚を食べるという食文化がある日本では、
釣りは、食糧を得るための方法として根付いた。
一方、アメリカは魚は食べるために釣るというよりも、
ハンティング(狩り)という概念によって根付いてきた。
この違いは、何に価値を見出すかの違いであり、
まさに価値観の違いに他ならない。
しかし、価値観に照らしてみれば、
世の中のすべてのことは、意味があるようで意味はない。
新しい車に乗ったから、どうなるの?
流行りのドラマを見たからといって、どうなるの?
それで得られるのはキャバクラ、満足感や充足感ということになる。
では、満足感や充足感を得たからって何なの?
結局、すべては意味がないことばかり。
意味のないことに、どれだけ時間を費やせるか。
それが、人生そのものという感覚がしてくる。
別の言い方をするならば、
意味のないことに意味を与えることができるか。
貴重だと云われる時間を、”くだらない”ことに費やす。
これ以上の贅沢がどこにあるだろうか。
”くだらない”ことに、どれだけ人生を費やしたか。
それを、ひとつの基準においておきたいと思う。